2020年10月20日(火)/正しくもないし、切れ味が鋭くもない話

目覚めのざわつきが治まってきた。昨日ブックオフの座談会に感激して快眠できたからかもしれない。寝る前に再読したのが効いたか。

 

支度しながらつけてたワイドショーで、不倫を報道された水泳選手の妻が、雑誌で心情を語った件を流していた。その記事は昨日Yahooのトップかなんかで見つけて、下世話なもんだから私も読んでいた。

 

こういうときの論調としては、ダメな夫を見捨てない気丈な妻、みたいな言われ方をされがちで、実際に人前でこんな嫌な話ができるのは本当に気丈だなーと思う。でも、自分みたいにプライドが高くて器と気の小さい人間からすると、その気丈さが恐ろしく思えたりもする。

 

浮気された事実だけでも、自分の価値が暴落したかのように錯覚して立っていられないというのに、それを世間の人が知っている状態ってちょっと想像を絶する。しかし、こうやって書いてみて思ったけど、そもそも私は自分のことしか考えてないのかも…。

 

とにかく、この女性にしても、例えば佐々木希にしても、誰がなんと言おうと自分の決めたことを貫くって姿勢はすげーなーと思う。自分の芯というか、軸みたいなものがしっかりとあるんだろう。だけどそれがわざわざ世の中に絶賛されるべきかというと、特にそうは思わない。

 

で、コメンテーターの人たち、っていうか3時のヒロインの真ん中の人ってもうコメンテーター枠に入り込んでるんだ!っていう別の驚きもあったんだけどそれは置いておいて、まあみんな今はもう思い出せないような無難なコメントばかりだった。

 

そんななか、コメンテーターの一人であるバイオリニストの女性が、「奥さんが称賛されているけれど、それはちょっと違う気がする。これは夫婦の問題だから、片一方の言い分だけを世間に向けて話すってどうなんだろう。しかも夫に直接話した以上に、雑誌の記者に向けて話しているっていうのも…」というようなことを話していた。この女性の言葉だけが耳に残った。

 

不倫してダメの烙印を押された亭主と立派な奥さん、って決めつけをすることこそ、男女の役割を固定しているんじゃないか。でも世の中的には、この論調に乗っかった方が女性は味方を多く得られる。そのことに、いい知れない窮屈さを覚える。現状の世の中の流れに乗っかると、女性が悪者になりにくい。

 

女性が安心して(?)加害者になれるとき、ようやく男女の平等が成し遂げられるのかもしれない。だけど、権利や給与の問題、意識の問題を考えると、それはまだまだ遠い先のことに思えてしまう。

 

あとこれは全然違う観点の話だけど、結婚したパートナーを支えることに全力を尽くすって、どんな気分なんだろう。この方は、自分も元々は日本代表の選手だったそう。自分自身の能力を伸ばすことを捨てて、彼に全てを注ぐと決めた時のことを、じっくりじっくり聞いてみたい気もする。

 

それを言ったら、爆笑問題も、太田さんの奥さんの光代さんが、芸人を辞めて事務所を開いている。男女逆のパターンだと、お片づけのこんまりさんのパートナーは、こんまりさんのプロデューサー兼マネージャー。みんな、どんなことを思って、補佐役に回ると決めるんだろう。かなり雑な物言いになっちゃうけど、こういう場合は二人が同じくらいやばいやつじゃないと難しいと思う。

 

ところで、なぜか甲斐性があると勘違いされ、ヒモ希望みたいなことを言われることがある。現状収入が低いという前提があるので、そもそも養いようがないんだけど、もし収入が増えたとしても、なかなか成立しないと思う。

 

たぶん、ヒモを養った私はその人を虐げる嫌なDV夫みたいになるはず。そしてきっと、そんな自分を嫌いになる。自分を嫌いになったら人は鬱になると『うつヌケ』で読んだ。鬱になりたくない。自分を好きでいたい。ヒモはいらない。

 

なんの話だかわかんなくなっちゃった。独身だけど、独身だからこそ、結婚やら不倫やらなんやらの話が気になるのであった。