STOP神格化(そして健康に目を向ける)

『韓国フェミニズムと私たち』という本のなかに、「個人に対する神格化を警戒しましょう」という一文を見つけた。いまから書くことは、この一文をフックにしてわたしが思い出したことやここ最近考えていることなので、この本に載っている文章の意図するものとはいったん離れてしまうのだけど、離れたのちにどこかでつながるような気もする。

 

なにを思い出したか、順不同に書いてみる。

 

・これはわりと最近の話。地下アイドルとして長年活動したのち卒業された女性とお話しする機会があった。なぜアイドルを辞めたのかという質問に、彼女は「人間に戻りたかったから」と答えていた。

 

・これは数年前の話。京都の本屋・誠光社店主の堀部篤史さんが、トークイベント中に司会の方から「誠光社はいろんなメディアに取り上げられているし、堀部さん自身にも数冊著書がある。お店に堀部さんファンの人が来るんじゃないですか?」と聞かれ、「ぼくはファンということばを安易に使うべきじゃないと思うんです。アントニオ猪木レベルの人に対してだけ使ってほしい。自分と他人のあいだに線を引いて、安全圏にいようとするのはよくない。」(意訳)と言っていた。

 

・これは自分の話。最初の会社に勤めているとき、年下の女性から「憧れです」みたいなことを言われることが何度かあった。うれしいとも恥ずかしいともちがう居心地の悪さを感じた。そういうことをわたしに告げた女の子たちは、数年経つとそろいもそろって「そんな人だと思っていませんでした」的な恨み節をぶつけ、なにかに失望したように去っていった。

 

他人に自分の理想をぶつけることは暴力的なことだ。自分自身、他人にも自分にもそういうことをしつづけてきたが、理想は理想でしかないし、そのギャップに苦しむのはけっこうあほくさいことなんじゃないかと思うようになった。だけど、理想なしに人は努力できるのだろうか、とも思う。あるいは、「努力」というものの考え方がそもそもちがっているのかもしれない。

 

先日とある本屋さんが「親子にせよ夫婦にせよ、人との関係は自分のなかのファンタジー100%から始まるけど、時間が経つにつれて現実の割合が高まっていく」ということを言っていて、いろいろなことがすとんと腑に落ちた。

 

親には親のファンタジーを。恋人には恋人のファンタジーを。ありもしない幻想を生身の人間に投影しつづけては勝手にいらだって失望して、つぎの投影先を見つけようとしてきた。

 

人間関係においてもそういうことを思うし、わたしが身を置いている出版や本屋の業界についても、最近似たようなことを思っている。というかいまいちばん書きたいのはそのことなのかも。だれかの犠牲のもとに成り立つ世界ってあっていいんだっけ。それって長くつづくんだっけ。すばらしさだけに目を向け、そのほかをないことにしていていいんだっけ。

 

昨日、知り合いの書店員さんがこんなツイートをしていた。

 

 

 実際に、書店員を辞めてほかの職業に転職する方が、周りにも増えてきている。だれかが「いまの時代に本屋さんをつづけることは、バンドをつづけるようなことだ」と言っていた。このあたりの話は思うことがいろいろあるけど、いろいろあるだけに書くのがむずかしいので別の機会にがんばって取り組んでみたい。

 

とにかく、メディアが「よい」とするものや、周囲の人が称賛するものだけに自分の価値観を預けてはいけないなと思う。なにであれ全ベットしないようにしていたい。対立する意見や自分の居場所をおびやかすような意見にも、耳をかたむけるつよさを持ちたい。

 

そんなことを思うと、自分の健康を保つことこそがその一歩な気がしてきて、最近は健康情報が気になって仕方ない。豆乳をせっせと飲んだり、友だちと安眠のための情報を交換したりしている。

 

人間は神じゃない。人間にはからだがあって、調子がよかったりわるかったりする。自分のからだに目を向けることが、まわりまわって、自分のそとの物事に対峙するためのいちばんの近道なんじゃないかなと思っている。

 

むりやり最初の話につなげると、フェミニズムは人間が人間らしくあるための考え方だと思う。「女だからこうあるべし」というのもある種の神格化というか、母性とかもその手の妄想で生身の人間をしばり付けているものだと思うし、そういうのが苦しさの原因だとしたら、やっぱりわたしたちにはファンタジーを捨てて現実をみすえるつよさが必要なんじゃないだろうか。

 

そんなわけで、まずは安眠。健康。よく眠れるというハンドクリームを買いに、ドラッグストアに行ってきます。

やさしさもSEXも両方あっていい ~映画『この星は、私の星じゃない』をみて

わたしは性別が女で、いまのところ異性愛者だ。同性愛の人たちへの偏見が薄れつつあるとはいえ、数としては異性愛者のほうが多いだろう。(潜在的な話はひとまず除いて)マジョリティの側にいるにもかかわらず、わたしの傷つきの多くは、異性愛者であることが原因のように感じている。

 

その人が一見やさしく紳士的(という言葉そのものもかなりあやしい)にふるまう人だとしても、支配/被支配の気配や、見た目を中心とした査定の視線を、ささいなやりとりのなかに見つけてしまう。そして自分自身も、その査定の視線のなかでうまくふるまおうとしてしまう。架空の女性像に自分自身を寄せようとしてしまう。その構造のなかに入り込んでしまうと、お互いを記号としかとらえられないようなしんどさがあり、つい先日もそんなようなことで苦しい目に遭った。それは恋とはいえない何かだった。

 

昨年からフェミニズムにふれるようになり、世界がひっくりかえったようだったし、自分に根付いてしまった名誉男性的価値観に気付いて、その見直しをはじめた。フェミニズムの考え方は、それまでの多くの違和感の答えになったのだけど、自分のなかでどうしても消化しきれず残ったものが、恋愛だった。男の人への恋心や性欲自体、もしかしたらその差別の構造から生まれているような気がしたからだ。どうしてもそこに引け目を感じていて、その問題をクリアにしない限り、自分をフェミニストだと言えないと思っていた。

 

そんなもがきのさなかで『この星は、私の星じゃない』を観たのはめぐり合わせだったと思う。この映画は、1970年代のウーマン・リブ運動を先導した田中美津さんを4年間にわたって追ったドキュメンタリーだ。(こまかい説明は、公式サイトをぜひ!)

 

この映画の田中美津さんをみて気付いたのは、矛盾を無理やり解消することよりも、まるごと引き受けることが、自分の解放につながるのかもしれない、ということだった。矛盾を理論に照らし、無いことにしてしまうほうがよっぽど非人間的な態度だと思った。女であることも、「どちらか」を選ばなくていいんだ、と思った。

 

下記は、FRaUに掲載された、本作の監督・吉峯美和さんの記事からの引用。

 

そして田中さんは言う。「嫌な男にお尻を触られたくないというのは、運動の大義ですよね? でも私たちには、好きな男が触りたいと思うようなお尻がほしいという個人の欲望もあるんですよ。その両方があっていい、それこそが“ここにいる私”なんだというのがリブの新しさだった。私たちはやさしさとSEXの両方を持ち合わせた存在なのに、男が社会が、女たちを“母”と“便所”にひきさいて、結婚の相手に選ばれるために(モテるために)“どこにもいない女”を演じてしまう自分がいる……」

 

なんだよ!  わたしの感じていた引きさかれ、めっちゃむかしからあるやつなのか!! と叫びたくなった。わたしもやさしさとSEXを持ち合わせていたい。どちらも捨てたくない。ウーマン・リブって女らしさを消して男勝りになるというイメージだったけど、どこでそういう勘違いが生まれたんだろう。もしくはだれかが印象操作したんですか?  映画のあと、田中美津さんがいらっしゃったので、パンフレットにサインをいただいたんだけど、そのときも「ネイルがすてきね。今日の服に合ってるわ」とほめてくださった。照れくさかったけどうれしかった。

 

映画からの引用がむずかしいので、さらに記事から引用させていただく。(ってこの部分はさらに本からの引用だけど)

 

男にとって女とは母性のやさしさ=母か、性欲処理機=便所か、という二つのイメージに分かれる存在としてある。男の母か、便所かという意識は、現実には結婚の対象か遊びの対象か、という風に表われる……遊びの対象に見られようと、結婚の対象に見られ選ばれようと、その根は一つなのだ。(新版『いのちの女たちへ とり乱しウーマン・リブ論』パンドラ刊より)

 

これも「そ、それだ…!!!」と叫びたい。そう、このひとつの根っこによる見方に傷ついていたんだ………田中美津さん、気付きをありがとうございます。この構造からすぐに抜け出すことができるとは思わないけど、そう明言されただけで気持ちが楽になるようだ。

 

ところで、映画のなかの田中美津さんは、肩の力が抜けていた。過去の子育てへの葛藤をちらつかせたり、マンツーマンで説法(のようなもの?)を受けながら居眠りしたり、めちゃくちゃ人間っぽかった。思想にこりかたまっておらず、生きた人間の姿をしていた。『かけがえのない、大したことのない私』というのは田中さんの著書のタイトルだけど、まさにそんな感じだった。

 

2019年に生きる35歳のわたしは、好きな男の人に触りたいし触られたいし、もっとエロいこともしてみたいし、仕事も自分にあった仕方をみつけたいし、あとはなにより自分の思うことをちゃんと言ったり、表現できるようになりたい。きちんとした思想には遠い生き方であっても、自分の欲求をないことにしたくない。矛盾を抱えながら、悩みながらやっていくなかで、田中美津さんのような人がいると知って力がわく。そしていつか、自分のことを「かけがえのない、大したことのない私」だと言える日をむかえたい。

 

www.pan-dora.co.jp

自重に耐えろ

途中でたまらなくなってしまい、まだとなりに相手がいるのに、いちばん連絡したくないはずの人間に甘えたメッセージを送ってしまった。そいつ(呼ばわり)はどういうわけか、他人のピンチには敏いところがあるので、わりとすぐに返信をくれた。そいつ自身がわたしをピンチにおとしいれた(まあ、そいつの浮気的なことです)ときでさえ、わたしのことを心配していて不思議だった。(不思議だったというか、その瞬間は逆上してめちゃくそにキレたけど。「おまえのせいだし!!」)でもどうやらそれはまっすぐな心配だったようで、わたしはそいつがますます謎だ。謎ではあるが、そいつと接していると、大自然に触れているような感覚になってきて、自然というのはただあるだけなんだけど、こちらの解釈や都合次第でやさしいものにも無情なものにもなる。

 

なんだかよくわからない始まりになってしまったけど、デート的なことの最中にたまらなくなってしまい別の人にメッセージを送った云々はほんの数時間前の話で、わたしは相変わらず自分自身の人生からの逃亡を試みているのですが、まあそれは逃げでしかないためいつもいい感じに失敗するのでして、どうやらわたしをわたしの人生から連れ去ってくれる人というのはいないようです。あきらめろ。

 

思えばわたしの母も弱い人間で、たとえば、気付くと家のなかの洗剤や無水鍋のロゴがすべてネットワークビジネスのものになっていたり、「歳とったら宗教とか入らないとやっていけないかも」と友人に話したりしていた。わたしはいまのところネットワークビジネスに手を出していないし、宗教ともまあ無縁だけど、もしかしたらその心の置き所を恋愛に求めているのかもな、ということを最近、というか今日、というかほんの数時間前のことだけど、けっこう確信的な気付きを得たのでした。

 

がしかし、それはだめだ。だめじゃないかもしれないけど、どうやらわたしはいまそのフェーズじゃないっぽい。自分自身の重みを他人に預けてはいけないっぽい。軽やかに生きたいと、涼しいような顔をしつつ、内心助けてほしくて仕方ない。だけど、いったん自分で自分の重さを受け止める覚悟なしに、ここから先に行けないっぽい。

 

大自然のようなやつは、最近のわたしを「元々あったはずの素直ぶりが、さらにすごく素直になってる」と評した。最近会ってないのになんでわかるのかとも思うけど、大自然の言うことだからある程度そうなのかもしれない。素直さを取りもどした反動として、「それなり」にがまんならなくなってしまったのかもしれない。

 

以上、それなりにデートして、それなりにセックスして、それなりに満足して眠る(と言いつつ他人の横で熟睡できないほう)はずの一日を自分の手でぶちこわさざるを得なかった日の日記。

 

といまの気分に合致した歌。

https://youtu.be/4JWyYgJI8Ic

しあわせな村人だったときのこと

昨日、近くで用事があったので中野駅で乗った電車を御茶ノ水駅で降りた。ここにはわたしが9年間勤めた会社がある。辞めたのは2年前のことで、退社してすぐのころは御茶ノ水駅で降りるどころか、通り過ぎることすらなるべく避けていた。いまでも、何も思わないことはないんだけど、だいぶ波立たないようになったと思う。

 

前もすこし書いたけど、「すぐに会社をやめる人」と思われるのがわたしには不本意らしく、そういうようなことを言われるたびに、「いやいや、最初の会社は9年勤めてたんでっ!」とやけにムキになって反論してきた。だけどそろそろ「別にいいか」と思いつつある。なぜかというと、自分が自分の変化を受け入れたくないだけなのかも、と思い至ったからだ。

 

9年間の会社員生活を思い出すとき、「しあわせな村人時代」ということばが浮かぶ。離れてみて気付くことだけど、あの大きな会社は村のようだった。一度用があってビルに足を踏み入れることがあって、そのとき感じた空気はやっぱり村だった。

 

「しあわせな」と頭につけるのには、たとえば大人になってからの夏がどんなに楽しくても、子どものころ親に守られながら過ごした夏のきらめきをどこか超えられないような、というか子どものころの夏がどういうわけか脳内で理想化されてしまっているのと一緒で、たぶん実際のそのころのわたし自身は、それなりにいやだなとかムカつくなとか感じながら日々暮らしていたんだろうと思う。(実際に、入社3~4年目以降は飲み会のあとよく吐いてましたし)

 

それを念頭に置きつつ、あえてのどかだったときのことを書くと、最初に配属された部署にはリアルにネクタイを頭に巻いてはしゃぐおじさんがいたし(2008年のことです)、仕事帰りは週に4回くらい会社近くの中華なり居酒屋なりでごはんをごちそうになっていたし、仕事で助けてほしい人たちに飴を配ったりして日ごろから関係性を築こうとしていたり、とほぼ仕事そのもの以外のことばかりが浮かぶ。というか、みんな口にはしなくても実際、人間関係がすべて、みたいなところだったのでそうなるわけなんだけど。

 

好きな本、音楽や演劇の話をする相手はいなかったけど(ちなみに本の会社なんですけどね)、それはまあそんなもんか、くらいに思っていた。当時は会社の外にもそういう友だちは少なくて、そう考えると、一緒に演劇やライブに行く友だち、本の話をする友だちがいる現在ってめちゃくちゃ恵まれていると思うし、何に対してかはわからないけど畏れ多いような、いたたまれないような気持ちにすらなってくる。いや、でも、そういうことに、自分の望む環境が手に入っていることに対してびびっちゃいけないとも思う。ほしいものが手に入ることにびびってはいけないのだ。

 

最初の会社にいられなくなってしまった理由はまあいろいろあるんだけど、直近勤めていた会社が出していたいくつかの本で「フェミニズム」について改めて触れる機会があり、あらゆる苦しさの原因を知ったかのようだった。と同時に、自分がいかに男性的な価値観に染まりきっていたかに気付き、それはそれで別の苦しさもあった。適応しなければあの中でやっていけなかったとはいえ、あきらかにミソジニー女性嫌悪)的な考え方をしていた自分のことを思うとけっこう辛いものがある。この意味からも、いまはそのときに比べるとフラットになっている…と自分では思ってるけど、どうなんだろう…なんかこう、言い切れないものがあるな。いつも、時間が経ってみないとわからないことだらけ。まあ、ほんと、あのころは自分の弱さを認めたらすぐに崩れ落ちそうなモロさの中で虚勢をはっていたわけです。そのころに比べたらいまはだいぶラク

 

なんかまとまりがなくなってきた。がんばってまとめてみると、村人時代のしあわせな記憶は別に捨てる必要もないんだけど、いろいろと変わった今の自分を自分で否定することもないなと思うし、むしろあのころほしかったものがはからずも手に入っていることは、怖がらずに受け入れていきたいと思う。その生き方がたとえ、社会一般や大きな流れから外れつつあるとしても、そういうことをひっくるめて、自分というものを受け入れられるようになっていきたい。いつか、いまのことをふり返るために、あんまりまとまっていない気持ちでも書き留めておきたい。

リクナビペアーズマイナビティンダー

3か月前、むしゃくしゃしたのでペアーズに登録した。(いちおう説明するとマッチングアプリってやつです)まえに女の人4人でごはんを食べたとき、わたし以外の3人のうち、2人がペアーズで知り合った人と結婚、うち1人が交際していると聞き、その高すぎる打率が気になっていた。

 

「写真は顔のわかるもので!」「短すぎるプロフィールではマッチング成立しません!」とか書いてあるので、むずがゆい気持ちをおさえながら、いちおううつりのよさそうな写真をえらび(まえ付き合ってた人が撮った写真)、短すぎないプロフィールを打ち込んだ。

 

結論からいうと、むしゃくしゃしたので3日で退会した。男のひとを顔写真とプロフィールだけでジャッジするのが無理すぎた。ていうかジャッジされるのもごめんだ!とお門違いにムカついてみたりもした。数人と短いやり取りをしただけで、誰とも会わずに終わった。いっこだけおもしろかったのは、いいね!してきた人のなかに知り合いがいて、うけたのでこっちもいいね!してマッチング成立させ、「Mさんですよね?」とメッセージを送ったら(お互いにいいね!を押し合ったもの同士だけがやり取りできる仕組み)、「あ、なんかすいません…」と返ってきたので、うけたのはこちらだけだったようでした。そんなに相手を見ずにいいね!するものなの?と思ったんだけど、ほぼ無差別にいいね!を送る男のひとがいるんだとのちに知り合いから聞いた。

 

で、いまはマッチングアプリはやってないかわりに(?)転職サイトをながめる日々なわけなんだけど、条件をあげたりさげたりえらび直してみたり、ぜんぜんなじみのない職種や業種からのスカウトメールを確認したりするたび、ペアーズで感じた無がよみがえる。

 

どちらも、可能性“だけ”はやたらにあるように錯覚させてくれるのが似ている。(まあ、転職の方は年齢とかそろそろ引っかかってくるころなので、その辺の悲哀は置いておいて、ってそれはあれかマッチングアプリでも同じか、いや同じどころかもっとシビアだったりすんのかね。むずいな)

 

ほんと、ペアーズについては、いくらでも人間が沸いて出てくるように感じられてこわかった。そのなかには、話の合う男のひとがいたのかもしれないけど、そういうひとを探しあてるほどの根性も気力もなかった。というより、たくさん人がいるのに無だなと思ったし、なんで無なのか途中で気付いた。無なんです。無。

 

どういう文脈だったのか覚えてないけど、高校のとき好きだった社会科の先生が、「なにかをえらぶということは、ほかの可能性を捨てるということです」と言っていて、そのときはピンとこなかった。こなかったけど、やけに引っかかった。いまならどういうことかわかる。考えてみるといま、あのときの先生の年齢くらいになっている。そしてわたしはえらぶのが苦手なままだ。

 

えらぶのが苦手だし、ほしいものこそをほしいといえない。どうしてなのか、めちゃくちゃにこわい。ほしいもののジェネリック的なもので満足させようとしてしまう。そういうくせがついているけど、もうそろそろそれじゃだめな気もしている。それでぜんぶだめにしてきたから。乗りこえないといけないものがだんだんわかってきていて、わたしはまわりにいる勇敢な人たちのことを考えている。

 

 

 

べつに自由じゃない

人から「自由でいいね」とか「すぐに会社をやめられてうらやましい」とか、そういう反応をもらうことがある。そういうときにいつも、「ああ…」とか「そうですかね…」くらいしか返せず、あとになって「ちがうんだけどな…いや、ぜんぜんちがうわ」と反論したくなっても、わざわざLINEなりメッセンジャーなりで考えを送り付けるのは意味不明なので、ここに書き残しておきたい。(なお、そのような反応をしてくる人たちに悪意があるかどうかという問題は、また別の機会に書いてみたい。悪意ってそんな単純なもんじゃないと思う。)

 

現在35歳で、会社をちょこちょこと辞め、結婚もしていないとなると、まあそういうことを言われるのは当然か、とも思おうとしてみたけど無理だった。この手の誤解にいちいち傷つく。なので、なんで傷つくのかを考えてみたい。傷つくからケアしろとか、そんなこと言わないでくれっていうより、なんで傷つくのかのほうが大事かも、と思ったから。

 

そもそも自由ってなんなんだってことからなんだけど、わたし自身にしても、これまでは自分の自由を守ることがいちばん大事だと思っていた。たとえばこれは恋愛の話だけど、付き合っている人がいても、観たい演劇やライブを優先させたい。友だちに会いたい。寝たいときはひたすら寝たい。それを許す人としか付き合えないと思っていた。なんなら、時間がある限りベタベタするよりも、したいことをし合うほうが自立してていいじゃんと思い込んでいた。(「自立」とか「依存」についても改めて考えたい。わたしは本心では依存を求めているのかも、と最近思ったので)それが揺らいだのは、前に付き合っていた人に「自由の意味をはきちがえてる」と言われたときだった。そのときにはそのことばの真意を聞くことはできなかったけど、それ以降「自由ってなに」だとか「ほんとうに自分が必要としてるのはなに」だとかの問いが浮かぶようになった。

 

先々週、滋賀に住む友人が東京に遊びに来た。家族でディズニーランドに行くのが目的らしく、空いた時間に会おうということだったので、その間は夫とお子さんとは別行動なのかなと思っていた。ところが夫もお子さんも一緒に来ると聞き、実をいうとすこし気おくれしたんだけど、実際に合流してみたら余計な気をつかうこともなく楽しく過ごした。その友人が、夫や子ども、そしてわたし(ともうひとりの友人)に不用意な気をつかわなかったからなんだと思う。彼女はもともとそういう気持ちのいい人なのに、家族連れというだけで窮屈さを感じる自分に問題がありそう。それと同時に、彼女のあり方は自由ってことなのかもなあ、なんてことを思った。

 

広告のコピーにハッとしてしまうのもくやしい話だけど、「自由は、ひとりになることじゃなくて誰といても自分でいられること。だったりして。」と書かれたポスターを駅のホームでみかけた。(「だったりして。」の付け足し方がしゃらくさい、、、というのはおいといて)滋賀の友人の、のびのびとしたあり方を考えながら、いつか見たこのコピーを思い出していた。

 

つまりそういうことで、会社や恋人と関係を切ってひとりになろうとしてしまうのは、自分が自分のままでいられず辛いからなんだけど、なにがそうさせているのかというとそれは自分自身の問題で、否定されることを異常なまでに恐れているという点に尽きる。(仕事と恋愛をいっしょくたに考えるのもどうかと思うけど、たぶん居場所の話をしたいのだと思う)最初はお互いの合意で始めた関係なのに、徐々に自分のままではいられなくなり、決定的な何かが起きてしまう前に、自分からその場を離れようとしてしまう。 これを何度か繰り返している、と聞いたら「自由でいいね」とはならないんじゃないかな~。まあ、言われてもいいけど。

 

ちなみに、自由の意味を考えるきっかけをくれた人は、浮気という形で実に鮮やかにわたしを裏切ってくれた。浮気が原因で人と別れたのははじめてだった。否定されないよう慎重に生きてきたのに、まさかそんな風に裏切られる日が来るとは。(しかもその前日にソフィカルというアーティストの失恋にまつわる展示を見ていたので、うまくできているなぁと妙に感心してしまった)とまあ、しばらくの間動揺していたけれど、時間が経つと「いや、誰かの気持ちが自分から離れたとしても、自分の価値や、価値なんてことばよりもっと前にある、存在していることそのものが脅かされるわけではないのかも」と思うようになった。これもくやしまぎれというか、そう思わないとやっていけないっていうことなのかもしれないけど、その考え方の先に、本当の意味での自由とか、人とやってくことのヒントが見つかるような、そうでもないような。

 

と、いまのところはそんなことを思っています。

 

とりもどしたくなった

たとえば「死にたい」とTwitterに書いたとして、そうすると「どうしたの?」とか「大丈夫?」ってリプライがつくかもしれないし、親切な人のなかにはわざわざ直接連絡をくれる人がいるかもしれない。そのなかの気を許せる相手には、なぜ「死にたい」と書き込むに至ったかをぼそぼそとちょっとずつ話すことができるかもしれない。

 

いま別に死にたいわけでも、だれかに過剰な心配をされたいわけでもない。「死にたい」は大げさでわかりやすいかなという例。そうではなくて、たとえば「死にたい」って書き込むまでに起きたことがらや気持ちの変化についてもう少しちゃんと説明できるようになりたいと思った。Twitterなのかなんなのかに毒されまくって、ことばの奥にある膨大な感情やそのグラデーションを見過ごす癖がついているんじゃないかと思うことが増えたのだ。

 

自分の思ったことや言いたいことをうまく伝えられなくて、もどかしさを感じるのは以前からだけど、そのレベルがいかんとこまで来てる。昨日もそんなことがあった。いまわたしはほぼ離職中なんだけど(この離職という状態そのものについても、周りからもらう反応と、自分の本心とにすごく乖離したものを感じる。だからそれも一回書いてみたい)、やさしい友人が「次はどんなことをするの?」と聞いてくれたときに、「いや、なんもしたくないし、はたらきたくない」と答えた。自分で言っといておかしなものだけど、これは本心からかけ離れていて、物ごとを単純化しまくってるし、考えることを止めてしまったような発言だ。言い放った瞬間からすぐにちりちりと嫌な気持ちが拡がるのを感じた。せっかく関心を持って話を聞いてくれる友人に対して不誠実だ。

 

そんなようなことを思う機会が増えたので、少しだけ立ち止まって物ごとを考えるくせをつけようと思い、そのためには少しだけ長めに、できるだけ自由に、なるべくうそつかないで書いてみると考えるとブログか、と思い至った。それがいろんなことを取り戻すために有効な気がしている。iPhoneのアプリに日記をつけていて、去年の12月からちまちまとメモ程度に思ったことを書き出していて、それはそれでセルフセラピーみたいな効果がある。だけどいま、表面張力ぎりぎりだったのがあふれた感じで、あと人間が卑しいところもあって、多少は人に読んでもらう可能性をおいておきたい。

 

とはいえ、いままでに何個もブログを開設しては放置、開設&放置、開設&放置・・・してきたものですから、とか言いつつ、まああんまり自分にプレッシャーかけるのもあれなんで(自分に甘い)、とりあえずのびのび書く、ということだけ決めて最初の日記は終わり。