やさしくしてやさしくされたい

大学4年、就活も終わって暇だったころの話。友人から「ながく付き合っていた彼氏と別れてつらい」とメールが届いたので、「なにかできることがあったら言ってね!」とテンプレ返信を送ったところ、合コンに付き添うことになった。まったく気乗りしなかったけど、それが「なにかできる」ことならば仕方ないと覚悟し、初のそれに参加した。案の定合コン特有の茶番が無理すぎて安酒に逃げ、気付いたらひとりで品川駅のトイレにいた。その状況があまりにひどく、逆に楽しくなっちゃってmixiに書いてみたらまあまあ受けたのでいいか~と思っていたけど、当の友人は同じ日のことを、「もうほんとうに、あれは最悪で最悪で忘れたい」とか書いてた。それからなんとなく疎遠になった彼女は、その次に付き合った人と割と早めに結婚した。

 

それ以降もきっと、誰かに「なにかできることがあったら言ってね」だとかを無邪気に言ってきた気がするけど、最近はあまり言わなくなった。なにかできることがあったら言ってほしい相手はもちろんいて、だけどだいたいの場合なにもできない。誰かを救いたい気持ちは、わたしの場合エゴでしかない。

 

 こないだこんな記事を読んだ。

torus.abejainc.com

 

お手伝いをすると“ただめし”が食べられることで有名な未来食堂の店主が、一見困っていないようなふりをしながら“ただめし”制度を使いつづける客に対してヤキモキしてしまったと語っている。「困っている人」のステレオタイプに当てはまる人とそうじゃない人を勝手に線引きしてしまうことに葛藤した店主は、あえて自らを「サイコパス」化し、“ただめし”利用客から自分の気持ちを離すことにしたという。人から感謝されたり称賛されたりするためだとしたら、これは出来ない。

 

小沢健二の『愛し愛されて生きるのさ』について。

 というRTの後に、

 

 

 

 誰かを助けたり愛したりするのがきれいに対称になっていないとしても、誰かを助けたり愛そうという気持ちや意思が網目のように張り巡らされている世界だといい。家族や友人、恋人だけがその人を助けられるってことでもない。

 

『怒らないこと』という本を出した出版社の代表が、タクシー運転手に対する暴行と強盗による逮捕歴があるらしいと知ってちょっと笑った。でも、その本を読んで誰かが救われたとしたら、それはそれで揺るぎのないことだ。

 

和解した母と5年ぶりくらいに会ったとき、なんで父を選んだのか聞いてみたら「さみしそうだったから」と答えた。それで「父親になったらさみしくなくなるかな」と思い、23歳でわたしを産んだ。それから20数年経ったころふたりは別れているので、もしかしたら最初よりさみしくなったのかもしれないけど、父の気持ちを聞いたことはない。むしろ母は結婚生活のあいだ、かなりさみしい思いをしてきたように見える。だから「さみしさ」に惹かれてはいけないと思うけど、どうやら血らしい。

 

そんなわけで、離婚ってものがずっと気になっている。『ぼくたちの離婚』って本がおもしろかったんだけど、その感想を書いたブログを見つけた。

 

ch.nicovideo.jp

 

この感想のなかに、メンヘラっぽくなる人はだいたい親からモラハラを受けている(大意)と書かれている。戦後に子どもをホワイトカラーに適した人材にするための教育がされ始め、結果モラハラ親が増え、子どもはメンヘラ化した、と。(ちょっと大雑把すぎる説明だけど…)わたしの実家はホワイトカラーではないし、勉強しろとかあまり言われもしなかったけど(というかそもそもわたしに興味がなかったことの方が問題)、世代的にそういう価値観が正しいものだとされていたっていうのはありそう。このブログは、「21世紀は、そうやって時間かけて、この狂った状況を癒やしていく世紀になるだろう」と締められている。やさしくしてやさしくされたい。

 

わたし自身も、まわりを見渡しても、自分の努力だけじゃどうにもならないなにかに覆われている気がして、正しいとされていることをがんばったところで必ずしも報われないというか、世間の尺度にのっとることとその人自身が幸せを感じることが一致しないことばっかりだ。そもそも「自分の幸せ」なんてものを掘り下げるなって空気だし。そういうもろもろのうっすらとした不幸せ感ってもしかして、日本が戦争に負けたからだったり~…?とか考えていたら本屋さんで『永続敗戦論』って本を見つけたので買ってみたけどまだ読んでない。

 

あと、安冨歩さんがある映画のアフタートークで「現代社会は小さな子どもを傷つけ、その抑圧によるエネルギーを動力にしている」というようなことを言っていたのが引っかかっている。詳しく書かれた本をご存知の方がいたら教えてください。

 

わたしはわたしでこんな風に、自分がどんな社会にいるのか知って、いじけすぎないようにやっていきたい。そっと手を伸ばせば手をつなげる距離や関係にいようといなかろうと、「君の生きてることに興味があるの」(こっちは前野健太の歌)って思ってる。

2019年をふりかえる(本と演劇編)

書くぞ書くぞと思ってたのに気づいたらおおみそかだったので、あわてて高円寺のプロントで書きました。なぜ高円寺にいるのかというと、お世話になった書店員さんが今日で退職、書店員自体を辞められるということだったので挨拶に来たんだけど、年末年始に人がいなさすぎて連勤ののち、年明けの7日が最終出勤日になったとか。人が足りていなくて最後まで大変そう。そういう現実をふまえたうえで、本とか演劇とかがあることに感謝したいので、読んで/観てよかったものをふりかえります。(映画とかお笑いとかもまとめて書きたかったけど時間かかりすぎたので中断)

 

【本】(ブクログに記録)

80冊読んだ。世間の平均からしたら多いかもしれないけど、本にかかわる仕事をしていることを考えると少ない。だから恥ずかしいんだけど、さらすことで一歩を踏み出したい。(何の)

 

リストを見ると、やっぱりフェミニズム・結婚/離婚・家族にまつわるものが多いな~。そのなかでも決定版だったのが、田嶋陽子『愛という名の支配』(新潮社)。「フェミニスト」の代表みたいな人だけど、本人はその言葉にしばられない自由な方だってことが今年のブーム(?)でようやくわかった。フェミニズムってあれをしちゃいけないこれを言っちゃいけないではなく、なんでもやっていいということだし、自分を解放するためにみんなが自分向けにカスタマイズして実践していくものだって、この本を読んで身体にインストールされた気分。そのほか、チョ・ナムジュほか『ヒョンナムオッパへ』(白水社)、田房永子『「男の子の育て方」を真剣に考えてたら夫とのセックスが週3回になりました』(大和書房)、能町みね子『結婚の奴』(平凡社)が特に心に残りました。『結婚の奴』はある本屋さんの企画で書評を書いたので、年明けに公開してもらえる予定。その本屋さんにやや引かれたのが気になっていますが…。

 

あとは今年出た本じゃないけど、これまた田房永子さんの本で『キレる私をやめたい』(竹書房)を読んだのも大きかった。これがきっかけでスーザン・フォワード『毒になる親』(講談社)を読んだり、ゲシュタルトセラピーを受けたりして、今年のマイトピックスのなかでも一連の出来事は大きかったのですが、長くなるのでいつか別で書こうと思う。

 

フェミニズム関連の本はどんどん増えているし情報も入りやすい一方、男性の側の本ってあまりないな~と思って、詳しそうな友だちに教えてもらったのが森岡正博『感じない男』(筑摩書房)。これがめっちゃおもしろかった。男の人のセクシャリティって、「男はバカな生き物」とか「賢者タイム」だとかって雑にしか語られないけど、この本はちがいます。「自分を棚上げにしない」をモットーにしている学者の森岡さんが、自らの性にまつわるうごめきを客観的に考察していて、絶対に体感できない男性の身体と行動原理を理解するヒントになった。なかでも、男性は性を語るとき、女性のことばかり挙げ自らの心や身体の動きにあまり触れないのはなぜかって話がすっごくおもしろかったし、つらくもあった。女だからという一点のみにおいて向けられてきた、ぶしつけな視線に気づくきっかけにもなった。もっとこういう本を読みたい。

 

そのほか読んでよかったのは、東畑開人『居るのはつらいよ』(医学書院)、末井昭『自殺会議』(朝日出版社)、島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』(新潮社)。コミックだと、光用千春『コスモス』(イースト・プレス)、本田優貴『まだ離婚してないだけ』(白泉社)、ぺス山ポピー『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』(新潮社)などなどなど。うーん、どれもちゃんと感想書きたい。書評や感想を真面目に書くと、自分がその本を読んで何を思ったのかがどんどん明確になってきて、読書が深まるな~と思ったので、来年はもう少しカジュアルに、都度都度やっていきたいものです。が、どうなることやらだな。

 

あと、読もうと思ってたけど来年に持ち越した本もたくさんあって、濱野ちひろ『聖なるズー』(集英社)、綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社)、ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)、千葉雅也『デッドライン』(新潮社)などなどなど…タイムラインにはおもしろそうな新刊がどんどん流れてくるんだけど、追いつきませんな。(お金と読むスピードが)

 

【演劇】(手書きでノートに記録)

40本観た。たぶんこれまででいちばん多い。基本ソロ観劇だったのが、友だちと一緒に観に行くようになったうえ、彼女たちとまめに情報交換するようになったのが要因。観たものへの感想がちがったとき、むしろそれをおもしろがれる友だちが出来たのが大きかった。これは演劇のみならず、いろんなものへの心構えに影響があった気がする。そんな友だちに感謝するばかり。

 

例年よりもたくさんの演劇を観たことで、その分おもしろくないものにも出会うようになって、おもしろいというか自分の好きな演劇やよい演劇ってどういうものなのか考えるようになった。昨日、大人計画宮崎吐夢さんが今年観た演劇をふりかえるイベントに行ったら「演出家の意図を20~30%しか理解できないとしてもおもしろいと感じるものが、よい演劇ではないか」というようなことをおっしゃっていて、そうかもな~と思いました。

 

そんなわけで、今年印象に残った演劇を挙げると、まずはウンゲツィーファ『さなぎ』。ウンゲツィーファという劇団は、まず劇場選びがすんばらしい。先月観てきた『動く物』って公演なんか、主宰の本橋龍さんが実際に住んでいる6畳くらいの部屋が会場でした。演者や舞台美術のみならず、そこにいるお客さん含めた空間をまるっと作品にしてしまうような力があって、それってすごいことだなと毎度感じ入ってしまう。『さなぎ』という演目は、東中野の驢馬駱駝(ろまらくだ)というバーが会場だったんだけど、入場した瞬間からすべてがよかったなぁ。人がいま生きているということを濃密に感じられる空間に居合わせられて、とっても幸せだった。って書いても書いても内容に触れられない…演劇の感想を書くのはむずかしいうえ、わたしが好きなのはストーリーがしっかりした舞台よりも、居合わせられてよかったって感じられるものなのかも。

 

お次は、ほりぶん『飛鳥山』。鎌田順也さん(ナカゴー)作の舞台が今年前半に3つあってうれしかったんだけど、なかでも『飛鳥山』はすごかった。今までみた演劇のなかでもたぶんいちばん笑ったし、いちばん疲れた。出ている側の消費カロリーもすさまじかったようで、終了後に挨拶のために出てきた役者さんはみんな風呂上りみたいになってた。内容を思い出そうとがんばってみると、北区王子の飛鳥山にある公園で生き別れになった母娘の話で、不慮の事故(?)でブラジルにワープしてしまった母を呼び戻すために超能力を身につけて…ってダメだあのおもしろさを文章にするのは無理がある…。とにかくあんなに笑えてあっけにとられる舞台はそうないんだけど、幸運にも鎌田さんにインタビューする機会に恵まれ、「そもそも演劇に笑いが必要かどうか。たとえばハイバイの『夫婦』には笑いがないけど心に残る」ってことを語っておられてそれもまた味わい深かった。詳しくは、発売中の『Didion 03』(エランド・プレス)をお買い求めください!(いきなり宣伝)

 

そのほかによかったのは、モダンスイマーズ『ビューティフルワールド』、世田谷パブリックシアターKERA・MAP#009 『キネマと恋人』、庭劇団ペニノ『笑顔の砦』、ゆうめい発表会vol.2『ファン』、快快『ルイ・ルイ』、バストリオ『ストレンジャーたち/野性の日々』などなどなど。あ~どれもすてきな時間を過ごさせてもらったなぁ、感謝です。

 

見逃したのは、夏の日の本谷有希子『本当の旅』、月刊「根本 宗子」『今、出来る、精一杯』、ウティット・ヘーマムーン × 岡田利規 『プラータナー:憑依のポートレート』などなどなど。友だちやタイムラインの評判を聞くころにはチケットが取れない/予定が合わないものも多いですよね。そういう生感、刹那感も含め演劇の特徴だとは思う。

 

は~~~本と演劇書くだけでまあまあな時間を取ってしまった。これから鶏肉を煮たいのでいったんここで切って、そのほかのことも書きたい…が書けるのか? 間に合わなかったら来年書く!

STOP神格化(そして健康に目を向ける)

『韓国フェミニズムと私たち』という本のなかに、「個人に対する神格化を警戒しましょう」という一文を見つけた。いまから書くことは、この一文をフックにしてわたしが思い出したことやここ最近考えていることなので、この本に載っている文章の意図するものとはいったん離れてしまうのだけど、離れたのちにどこかでつながるような気もする。

 

なにを思い出したか、順不同に書いてみる。

 

・これはわりと最近の話。地下アイドルとして長年活動したのち卒業された女性とお話しする機会があった。なぜアイドルを辞めたのかという質問に、彼女は「人間に戻りたかったから」と答えていた。

 

・これは数年前の話。京都の本屋・誠光社店主の堀部篤史さんが、トークイベント中に司会の方から「誠光社はいろんなメディアに取り上げられているし、堀部さん自身にも数冊著書がある。お店に堀部さんファンの人が来るんじゃないですか?」と聞かれ、「ぼくはファンということばを安易に使うべきじゃないと思うんです。アントニオ猪木レベルの人に対してだけ使ってほしい。自分と他人のあいだに線を引いて、安全圏にいようとするのはよくない。」(意訳)と言っていた。

 

・これは自分の話。最初の会社に勤めているとき、年下の女性から「憧れです」みたいなことを言われることが何度かあった。うれしいとも恥ずかしいともちがう居心地の悪さを感じた。そういうことをわたしに告げた女の子たちは、数年経つとそろいもそろって「そんな人だと思っていませんでした」的な恨み節をぶつけ、なにかに失望したように去っていった。

 

他人に自分の理想をぶつけることは暴力的なことだ。自分自身、他人にも自分にもそういうことをしつづけてきたが、理想は理想でしかないし、そのギャップに苦しむのはけっこうあほくさいことなんじゃないかと思うようになった。だけど、理想なしに人は努力できるのだろうか、とも思う。あるいは、「努力」というものの考え方がそもそもちがっているのかもしれない。

 

先日とある本屋さんが「親子にせよ夫婦にせよ、人との関係は自分のなかのファンタジー100%から始まるけど、時間が経つにつれて現実の割合が高まっていく」ということを言っていて、いろいろなことがすとんと腑に落ちた。

 

親には親のファンタジーを。恋人には恋人のファンタジーを。ありもしない幻想を生身の人間に投影しつづけては勝手にいらだって失望して、つぎの投影先を見つけようとしてきた。

 

人間関係においてもそういうことを思うし、わたしが身を置いている出版や本屋の業界についても、最近似たようなことを思っている。というかいまいちばん書きたいのはそのことなのかも。だれかの犠牲のもとに成り立つ世界ってあっていいんだっけ。それって長くつづくんだっけ。すばらしさだけに目を向け、そのほかをないことにしていていいんだっけ。

 

昨日、知り合いの書店員さんがこんなツイートをしていた。

 

 

 実際に、書店員を辞めてほかの職業に転職する方が、周りにも増えてきている。だれかが「いまの時代に本屋さんをつづけることは、バンドをつづけるようなことだ」と言っていた。このあたりの話は思うことがいろいろあるけど、いろいろあるだけに書くのがむずかしいので別の機会にがんばって取り組んでみたい。

 

とにかく、メディアが「よい」とするものや、周囲の人が称賛するものだけに自分の価値観を預けてはいけないなと思う。なにであれ全ベットしないようにしていたい。対立する意見や自分の居場所をおびやかすような意見にも、耳をかたむけるつよさを持ちたい。

 

そんなことを思うと、自分の健康を保つことこそがその一歩な気がしてきて、最近は健康情報が気になって仕方ない。豆乳をせっせと飲んだり、友だちと安眠のための情報を交換したりしている。

 

人間は神じゃない。人間にはからだがあって、調子がよかったりわるかったりする。自分のからだに目を向けることが、まわりまわって、自分のそとの物事に対峙するためのいちばんの近道なんじゃないかなと思っている。

 

むりやり最初の話につなげると、フェミニズムは人間が人間らしくあるための考え方だと思う。「女だからこうあるべし」というのもある種の神格化というか、母性とかもその手の妄想で生身の人間をしばり付けているものだと思うし、そういうのが苦しさの原因だとしたら、やっぱりわたしたちにはファンタジーを捨てて現実をみすえるつよさが必要なんじゃないだろうか。

 

そんなわけで、まずは安眠。健康。よく眠れるというハンドクリームを買いに、ドラッグストアに行ってきます。

やさしさもSEXも両方あっていい ~映画『この星は、私の星じゃない』をみて

わたしは性別が女で、いまのところ異性愛者だ。同性愛の人たちへの偏見が薄れつつあるとはいえ、数としては異性愛者のほうが多いだろう。(潜在的な話はひとまず除いて)マジョリティの側にいるにもかかわらず、わたしの傷つきの多くは、異性愛者であることが原因のように感じている。

 

その人が一見やさしく紳士的(という言葉そのものもかなりあやしい)にふるまう人だとしても、支配/被支配の気配や、見た目を中心とした査定の視線を、ささいなやりとりのなかに見つけてしまう。そして自分自身も、その査定の視線のなかでうまくふるまおうとしてしまう。架空の女性像に自分自身を寄せようとしてしまう。その構造のなかに入り込んでしまうと、お互いを記号としかとらえられないようなしんどさがあり、つい先日もそんなようなことで苦しい目に遭った。それは恋とはいえない何かだった。

 

昨年からフェミニズムにふれるようになり、世界がひっくりかえったようだったし、自分に根付いてしまった名誉男性的価値観に気付いて、その見直しをはじめた。フェミニズムの考え方は、それまでの多くの違和感の答えになったのだけど、自分のなかでどうしても消化しきれず残ったものが、恋愛だった。男の人への恋心や性欲自体、もしかしたらその差別の構造から生まれているような気がしたからだ。どうしてもそこに引け目を感じていて、その問題をクリアにしない限り、自分をフェミニストだと言えないと思っていた。

 

そんなもがきのさなかで『この星は、私の星じゃない』を観たのはめぐり合わせだったと思う。この映画は、1970年代のウーマン・リブ運動を先導した田中美津さんを4年間にわたって追ったドキュメンタリーだ。(こまかい説明は、公式サイトをぜひ!)

 

この映画の田中美津さんをみて気付いたのは、矛盾を無理やり解消することよりも、まるごと引き受けることが、自分の解放につながるのかもしれない、ということだった。矛盾を理論に照らし、無いことにしてしまうほうがよっぽど非人間的な態度だと思った。女であることも、「どちらか」を選ばなくていいんだ、と思った。

 

下記は、FRaUに掲載された、本作の監督・吉峯美和さんの記事からの引用。

 

そして田中さんは言う。「嫌な男にお尻を触られたくないというのは、運動の大義ですよね? でも私たちには、好きな男が触りたいと思うようなお尻がほしいという個人の欲望もあるんですよ。その両方があっていい、それこそが“ここにいる私”なんだというのがリブの新しさだった。私たちはやさしさとSEXの両方を持ち合わせた存在なのに、男が社会が、女たちを“母”と“便所”にひきさいて、結婚の相手に選ばれるために(モテるために)“どこにもいない女”を演じてしまう自分がいる……」

 

なんだよ!  わたしの感じていた引きさかれ、めっちゃむかしからあるやつなのか!! と叫びたくなった。わたしもやさしさとSEXを持ち合わせていたい。どちらも捨てたくない。ウーマン・リブって女らしさを消して男勝りになるというイメージだったけど、どこでそういう勘違いが生まれたんだろう。もしくはだれかが印象操作したんですか?  映画のあと、田中美津さんがいらっしゃったので、パンフレットにサインをいただいたんだけど、そのときも「ネイルがすてきね。今日の服に合ってるわ」とほめてくださった。照れくさかったけどうれしかった。

 

映画からの引用がむずかしいので、さらに記事から引用させていただく。(ってこの部分はさらに本からの引用だけど)

 

男にとって女とは母性のやさしさ=母か、性欲処理機=便所か、という二つのイメージに分かれる存在としてある。男の母か、便所かという意識は、現実には結婚の対象か遊びの対象か、という風に表われる……遊びの対象に見られようと、結婚の対象に見られ選ばれようと、その根は一つなのだ。(新版『いのちの女たちへ とり乱しウーマン・リブ論』パンドラ刊より)

 

これも「そ、それだ…!!!」と叫びたい。そう、このひとつの根っこによる見方に傷ついていたんだ………田中美津さん、気付きをありがとうございます。この構造からすぐに抜け出すことができるとは思わないけど、そう明言されただけで気持ちが楽になるようだ。

 

ところで、映画のなかの田中美津さんは、肩の力が抜けていた。過去の子育てへの葛藤をちらつかせたり、マンツーマンで説法(のようなもの?)を受けながら居眠りしたり、めちゃくちゃ人間っぽかった。思想にこりかたまっておらず、生きた人間の姿をしていた。『かけがえのない、大したことのない私』というのは田中さんの著書のタイトルだけど、まさにそんな感じだった。

 

2019年に生きる35歳のわたしは、好きな男の人に触りたいし触られたいし、もっとエロいこともしてみたいし、仕事も自分にあった仕方をみつけたいし、あとはなにより自分の思うことをちゃんと言ったり、表現できるようになりたい。きちんとした思想には遠い生き方であっても、自分の欲求をないことにしたくない。矛盾を抱えながら、悩みながらやっていくなかで、田中美津さんのような人がいると知って力がわく。そしていつか、自分のことを「かけがえのない、大したことのない私」だと言える日をむかえたい。

 

www.pan-dora.co.jp

自重に耐えろ

途中でたまらなくなってしまい、まだとなりに相手がいるのに、いちばん連絡したくないはずの人間に甘えたメッセージを送ってしまった。そいつ(呼ばわり)はどういうわけか、他人のピンチには敏いところがあるので、わりとすぐに返信をくれた。そいつ自身がわたしをピンチにおとしいれた(まあ、そいつの浮気的なことです)ときでさえ、わたしのことを心配していて不思議だった。(不思議だったというか、その瞬間は逆上してめちゃくそにキレたけど。「おまえのせいだし!!」)でもどうやらそれはまっすぐな心配だったようで、わたしはそいつがますます謎だ。謎ではあるが、そいつと接していると、大自然に触れているような感覚になってきて、自然というのはただあるだけなんだけど、こちらの解釈や都合次第でやさしいものにも無情なものにもなる。

 

なんだかよくわからない始まりになってしまったけど、デート的なことの最中にたまらなくなってしまい別の人にメッセージを送った云々はほんの数時間前の話で、わたしは相変わらず自分自身の人生からの逃亡を試みているのですが、まあそれは逃げでしかないためいつもいい感じに失敗するのでして、どうやらわたしをわたしの人生から連れ去ってくれる人というのはいないようです。あきらめろ。

 

思えばわたしの母も弱い人間で、たとえば、気付くと家のなかの洗剤や無水鍋のロゴがすべてネットワークビジネスのものになっていたり、「歳とったら宗教とか入らないとやっていけないかも」と友人に話したりしていた。わたしはいまのところネットワークビジネスに手を出していないし、宗教ともまあ無縁だけど、もしかしたらその心の置き所を恋愛に求めているのかもな、ということを最近、というか今日、というかほんの数時間前のことだけど、けっこう確信的な気付きを得たのでした。

 

がしかし、それはだめだ。だめじゃないかもしれないけど、どうやらわたしはいまそのフェーズじゃないっぽい。自分自身の重みを他人に預けてはいけないっぽい。軽やかに生きたいと、涼しいような顔をしつつ、内心助けてほしくて仕方ない。だけど、いったん自分で自分の重さを受け止める覚悟なしに、ここから先に行けないっぽい。

 

大自然のようなやつは、最近のわたしを「元々あったはずの素直ぶりが、さらにすごく素直になってる」と評した。最近会ってないのになんでわかるのかとも思うけど、大自然の言うことだからある程度そうなのかもしれない。素直さを取りもどした反動として、「それなり」にがまんならなくなってしまったのかもしれない。

 

以上、それなりにデートして、それなりにセックスして、それなりに満足して眠る(と言いつつ他人の横で熟睡できないほう)はずの一日を自分の手でぶちこわさざるを得なかった日の日記。

 

といまの気分に合致した歌。

https://youtu.be/4JWyYgJI8Ic

しあわせな村人だったときのこと

昨日、近くで用事があったので中野駅で乗った電車を御茶ノ水駅で降りた。ここにはわたしが9年間勤めた会社がある。辞めたのは2年前のことで、退社してすぐのころは御茶ノ水駅で降りるどころか、通り過ぎることすらなるべく避けていた。いまでも、何も思わないことはないんだけど、だいぶ波立たないようになったと思う。

 

前もすこし書いたけど、「すぐに会社をやめる人」と思われるのがわたしには不本意らしく、そういうようなことを言われるたびに、「いやいや、最初の会社は9年勤めてたんでっ!」とやけにムキになって反論してきた。だけどそろそろ「別にいいか」と思いつつある。なぜかというと、自分が自分の変化を受け入れたくないだけなのかも、と思い至ったからだ。

 

9年間の会社員生活を思い出すとき、「しあわせな村人時代」ということばが浮かぶ。離れてみて気付くことだけど、あの大きな会社は村のようだった。一度用があってビルに足を踏み入れることがあって、そのとき感じた空気はやっぱり村だった。

 

「しあわせな」と頭につけるのには、たとえば大人になってからの夏がどんなに楽しくても、子どものころ親に守られながら過ごした夏のきらめきをどこか超えられないような、というか子どものころの夏がどういうわけか脳内で理想化されてしまっているのと一緒で、たぶん実際のそのころのわたし自身は、それなりにいやだなとかムカつくなとか感じながら日々暮らしていたんだろうと思う。(実際に、入社3~4年目以降は飲み会のあとよく吐いてましたし)

 

それを念頭に置きつつ、あえてのどかだったときのことを書くと、最初に配属された部署にはリアルにネクタイを頭に巻いてはしゃぐおじさんがいたし(2008年のことです)、仕事帰りは週に4回くらい会社近くの中華なり居酒屋なりでごはんをごちそうになっていたし、仕事で助けてほしい人たちに飴を配ったりして日ごろから関係性を築こうとしていたり、とほぼ仕事そのもの以外のことばかりが浮かぶ。というか、みんな口にはしなくても実際、人間関係がすべて、みたいなところだったのでそうなるわけなんだけど。

 

好きな本、音楽や演劇の話をする相手はいなかったけど(ちなみに本の会社なんですけどね)、それはまあそんなもんか、くらいに思っていた。当時は会社の外にもそういう友だちは少なくて、そう考えると、一緒に演劇やライブに行く友だち、本の話をする友だちがいる現在ってめちゃくちゃ恵まれていると思うし、何に対してかはわからないけど畏れ多いような、いたたまれないような気持ちにすらなってくる。いや、でも、そういうことに、自分の望む環境が手に入っていることに対してびびっちゃいけないとも思う。ほしいものが手に入ることにびびってはいけないのだ。

 

最初の会社にいられなくなってしまった理由はまあいろいろあるんだけど、直近勤めていた会社が出していたいくつかの本で「フェミニズム」について改めて触れる機会があり、あらゆる苦しさの原因を知ったかのようだった。と同時に、自分がいかに男性的な価値観に染まりきっていたかに気付き、それはそれで別の苦しさもあった。適応しなければあの中でやっていけなかったとはいえ、あきらかにミソジニー女性嫌悪)的な考え方をしていた自分のことを思うとけっこう辛いものがある。この意味からも、いまはそのときに比べるとフラットになっている…と自分では思ってるけど、どうなんだろう…なんかこう、言い切れないものがあるな。いつも、時間が経ってみないとわからないことだらけ。まあ、ほんと、あのころは自分の弱さを認めたらすぐに崩れ落ちそうなモロさの中で虚勢をはっていたわけです。そのころに比べたらいまはだいぶラク

 

なんかまとまりがなくなってきた。がんばってまとめてみると、村人時代のしあわせな記憶は別に捨てる必要もないんだけど、いろいろと変わった今の自分を自分で否定することもないなと思うし、むしろあのころほしかったものがはからずも手に入っていることは、怖がらずに受け入れていきたいと思う。その生き方がたとえ、社会一般や大きな流れから外れつつあるとしても、そういうことをひっくるめて、自分というものを受け入れられるようになっていきたい。いつか、いまのことをふり返るために、あんまりまとまっていない気持ちでも書き留めておきたい。

リクナビペアーズマイナビティンダー

3か月前、むしゃくしゃしたのでペアーズに登録した。(いちおう説明するとマッチングアプリってやつです)まえに女の人4人でごはんを食べたとき、わたし以外の3人のうち、2人がペアーズで知り合った人と結婚、うち1人が交際していると聞き、その高すぎる打率が気になっていた。

 

「写真は顔のわかるもので!」「短すぎるプロフィールではマッチング成立しません!」とか書いてあるので、むずがゆい気持ちをおさえながら、いちおううつりのよさそうな写真をえらび(まえ付き合ってた人が撮った写真)、短すぎないプロフィールを打ち込んだ。

 

結論からいうと、むしゃくしゃしたので3日で退会した。男のひとを顔写真とプロフィールだけでジャッジするのが無理すぎた。ていうかジャッジされるのもごめんだ!とお門違いにムカついてみたりもした。数人と短いやり取りをしただけで、誰とも会わずに終わった。いっこだけおもしろかったのは、いいね!してきた人のなかに知り合いがいて、うけたのでこっちもいいね!してマッチング成立させ、「Mさんですよね?」とメッセージを送ったら(お互いにいいね!を押し合ったもの同士だけがやり取りできる仕組み)、「あ、なんかすいません…」と返ってきたので、うけたのはこちらだけだったようでした。そんなに相手を見ずにいいね!するものなの?と思ったんだけど、ほぼ無差別にいいね!を送る男のひとがいるんだとのちに知り合いから聞いた。

 

で、いまはマッチングアプリはやってないかわりに(?)転職サイトをながめる日々なわけなんだけど、条件をあげたりさげたりえらび直してみたり、ぜんぜんなじみのない職種や業種からのスカウトメールを確認したりするたび、ペアーズで感じた無がよみがえる。

 

どちらも、可能性“だけ”はやたらにあるように錯覚させてくれるのが似ている。(まあ、転職の方は年齢とかそろそろ引っかかってくるころなので、その辺の悲哀は置いておいて、ってそれはあれかマッチングアプリでも同じか、いや同じどころかもっとシビアだったりすんのかね。むずいな)

 

ほんと、ペアーズについては、いくらでも人間が沸いて出てくるように感じられてこわかった。そのなかには、話の合う男のひとがいたのかもしれないけど、そういうひとを探しあてるほどの根性も気力もなかった。というより、たくさん人がいるのに無だなと思ったし、なんで無なのか途中で気付いた。無なんです。無。

 

どういう文脈だったのか覚えてないけど、高校のとき好きだった社会科の先生が、「なにかをえらぶということは、ほかの可能性を捨てるということです」と言っていて、そのときはピンとこなかった。こなかったけど、やけに引っかかった。いまならどういうことかわかる。考えてみるといま、あのときの先生の年齢くらいになっている。そしてわたしはえらぶのが苦手なままだ。

 

えらぶのが苦手だし、ほしいものこそをほしいといえない。どうしてなのか、めちゃくちゃにこわい。ほしいもののジェネリック的なもので満足させようとしてしまう。そういうくせがついているけど、もうそろそろそれじゃだめな気もしている。それでぜんぶだめにしてきたから。乗りこえないといけないものがだんだんわかってきていて、わたしはまわりにいる勇敢な人たちのことを考えている。