2020年10月13日(火)/海の底はきっと
ジョギングの途中に一度足を止めるとまた走り出すのが大変なのと同じで、日記も毎日書き続けていればなんてことはないんだけど、一度止めてしまうと腰が重い。
10月の頭に帰省をしていて、その数日間の日記はいつも以上に個人的な話が多くなりそうで、無料で垂れ流すのは嫌だから有料にしようと思っている。だけど色々を書き出すのがだいぶ億劫。書くべきこと、書いた方がいいことに限って書くのがめんどくさい。
そんなわけで、とりあえず腰が重くない話を書いて、またトラックに戻りたい。
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朝起きてテレビをつけたら羽鳥慎一のモーニングショー。羽鳥さんが家の中専用風メガネで出ていて、目が覚めた。明日もこれでいてほしい。
店番しながらちょこちょこと仕事を進め、夕方前には一旦いくつかの返信を待つだけになったので、気になっていた鴻池朋子さんの展示を観に日本橋のアーティゾン美術館へ。初めて来たけど、スタッフの方々の制服がとてもすてきで、ここで働きたい。
鴻池朋子さんのことは、先月くらいに弓指寛治さんとオンラインでトークしているのを見て知った。
いくつかのパートに分かれた展示の中で、一番時間を割いたのは「物語るテーブルランナー」というプロジェクト。
鴻池さんが展覧会のために訪れた各地で知り合った人たちから、個人的な物語を聞き取り、それを手芸で縫うプロジェクトだそう。下絵を鴻池さんが描き、話をした本人や、そのほかの手芸が得意な人が縫う。
聞き取りの内容は、貧しい時代の話、親族が離れ離れになってしまう話、ハンセン病の療養所で働く看護師さんの話など、胸が締め付けられるものも少なくない。だけど、この刺繍を見ていると、ただ悲しいとか、ただ切ない、だけではない、不思議な温かみが胸に広がる。海の底に沈んでいるのに少しも不安ではないような、静かで安心した気分に包まれるのだ。
誰かの記憶に入り込むことで、孤独ではないような心地になる。前に原美術館で観た、ソフィカルの展示もこんな気分になった。
100近い刺繍の中でも、いなくなってしまった犬が特に気になった。短い話とチャーミングな刺繍から、そこにいる(いた)人たちの息づかいが伝わるようで、いつまでも見ていたかった。聞き取りしたり、刺繍している様子もいつか見られるといいなぁ。