2021年2月28日(日)/感情をすり減らさない労働

日記でもあれこれ書いてきた『花束みたいな恋をした』についてラジオで話すことになった。あと数時間したらそのために家を出なくちゃならない。しかしそのあと数時間の過ごし方がわからない。ソワソワソワ。そんな時こそ日記を書いて気持ちを鎮めよう。本当ならラジオの予習的なことを、時間の許す限りやっておいた方がいいのだろうけど、知識的なことは他のゲストの方々に敵うはずがない。むしろそういう方々に色々伺うことを楽しむつもりでいこう。

 

昨日は、久しぶりにバーの店番をした。1月に入ってすぐに緊急事態宣言が出て、かれこれ2ヶ月お店を休業していた。バーなんてなくたって、人は死なない。だけど週に1〜2回、あの場所でたあいないおしゃべりをすることが、他の仕事や生活をするための調整弁になっていたことを、店番がない日々のなかで痛感した。

 

そんなことを考えていたちょうどその頃、水曜にお店に入っているいっちゃんがお店のグループラインに「店がないのに慣れてきたけどさみしい」と書き込んでいたので、「わたしも!」と乗っかり、その流れで昨日時間をくり上げして一緒に店番をすることになった。いっちゃんは人を思いやりながら、気持ちを素直に伝えることができる人で、そういうところにちょこちょこ助けられている。

 

バーカウンターに立つことはとても楽しみだったけど、しばらく音沙汰のないなかで、急にお店を開けたところでお客さんは来てくれるかなーと不安もあった。でも、いざ開けてみると満席の時間も多く、終始にぎやかな楽しい5時間だった。そのにぎやかさのなかには、決してポジティブなだけではないにぎやかさもあったけど、そういうことも込みで、何か足りなかったものが充填されていく気分になった。オーナーやほかの曜日担当の方々も来てくれて、お店がそこに存在することの意味の大きさを感じてしまった。

 

3/7に緊急事態宣言が明けてからも、飲食店のみ時短要請が続くという報道を見た。20時までの営業が21時までに変更になるとかなんとか。バーは、平日なんかは特に仕事帰りに寄るものだから、19時〜21時の営業では微妙すぎる。だからオーナーも、お店を再開するかどうか悩んでいるみたい。ワクチンが行き渡らない状況で規制を解いたら、そりゃまた感染が増えるのは目に見えている。だから、感染を考えたらどう考えても閉めておいた方がいいに決まってるんだけど、昨日開けてみて、自分にも膿が溜まっていたのを感じたし、お客さんもそれぞれにいろんな気持ちを抱えているようだった。

 

たまにバーで店番をすることについて、「よくそんな感情労働を……」という反応をもらうことがあるけど、自分はここであまり無理してまで人に合わせることをしないようにしているし、人から聞く話は自分の領域にないことであっても興味深いものも多く、むしろ話を聞くのは楽しい。バーカウンターのなかにいる自分がだれより店に助けられているのだけど、一見助けている風情を装えるのもまた、バーカウンターのなかにいるからこそのささやかな特権かもしれない。