2021年3月2日(火)/夢のよう、っていうか実際夢だった

日曜のラジオは夢のように楽しかった。始まる前に司会の塚越さんが「誰かしらが必ず受け止めるんで、とにかく思ったことを発言してみてください」と言ってくれたり、倉本さんが「どんどん遠慮せずいっちゃって大丈夫ですよ」と背中を押してくれたり(あとラムネをくれたり)したので、振り返ると言葉足らずなとこも多かったけど、それでも思ったことを話すことができてよかった。スタッフの皆さんもいろいろとフォローしてくださりありがたかった。話したいことを受け止めてくれる場というのは、ものすごく貴重なものに感じられます。本当はそういう場があちこちにあるといいのに。

 

radiko.jp

他の出演者のみなさんの感想や考察、リスナーの方々からのメールがどれも興味深く、なかでも山本さんが指摘していた、フェミニズム本が登場しないという視点は自分にはぜんぜんなかったものだった。確かに、『82年生まれ、キム・ジヨン』は2018年に出ていて、その後もフェミニズムにまつわる本が多く出版されているので、本好きの絹がそれらを全く通ってないことはなさそう。西森さんがおっしゃっていた、「花束は日本版キム・ジヨンみたいな側面があるから、この映画の中にキム・ジヨンが出てこなくてよかった。出てきたら並列の存在になり得ないから」という指摘にも、ななななるほどー!となった。麦くんが属していた文化系コミュニティのホモソ加害も、ぼんやりとは感じていたけど、ここまではっきり認識できていなかった。社会に出ると性役割規範が強まる、という点に留まっていたなー。

 

あと、倉本さんが放送中に見つけた感想のなかに「もっと自分の体験を語ってほしい」というものがあった。趣味のあう人は恋愛対象になるのか、という話を振られたときに話せればよかったんだけど、なんか曖昧なことしか話せず後悔している。なので、とりあえずその一部をここに書いておきたい。ちなみに、放送中は話の流れにあうメールを探して紹介する、というミッション(?)もあり、これが思った以上にむずかしかった! だから、それをやりつつTwitterで感想を調べる倉本さんのマルチタスクっぷりはやばい。

 

というわけで自分の体験。最近まで忘れていたけど、割と「花束みたいな恋をした」に近いことを自分も経験していた。就活も終わってのびのびしていたころ、新宿かどこかのカフェバーでやっていたDJイベントで(なんでそんなんに行ったのか全く思い出せない)知り合った人と仲良くなったきっかけはまさに、趣味が合う(ような気がした)からだった。いま考えたら身の毛もよだつような話だけど、「えっ、『クワイエットルームへようこそ』観てるなんて、詳しいね!」みたいなことを言われた記憶があるが、この発言を受け入れられるのが若さなんだろうか。それで割とすんなり話が進んで付き合うことになったが、翌年春にその人は大学院に進学、わたしは就職をした。そのころは会社のことを頑張るのが楽しかったので、自分の価値観がどんどん会社寄りになっていき、「なんで電話に出ないの」とか言ってくるその人をめちゃくちゃ煙たく感じてしまうようになり、ほどなくして別れた。ほんの数ヶ月の付き合いだったし、その後いっさい連絡も取っていない。一度だけ、新宿のタワーレコードに女の子といるのを見かけたきりだ。

 

ラジオでも、自分と趣味が合いすぎる人は気持ち悪いと思ってしまうかも、と話したが、社会人になって以降、そしてつい最近までは、むしろ自分よりも文化的(?)な何かに詳しい人や実際に何かをしている側の人に惹かれる傾向があった。だから、絹がイベントプロデューサーのオダギリジョーに惹かれる気持ちがわかるのだ。これはかなり醜い話だが、いま振り返ると、自分「以上」の人を好きになるのは、憧れという綺麗な言葉に収まるものではなく、その人の築いてきたものを手っ取り早く自分のものにしたいという、恥ずかしいほどにやましい気持ちがなくはなかったような気がしている。最近その傾向が薄れてきたのは、つたないなりにも自分自身で地道にやってくしかないし、その方が実は楽しいと少しずつ思えるようになってきたからかもしれない。自分でやってこうと思えるようになりつつあり、そうなると今後どういう人に惹かれていくんだろう。まだわかっていない。

 

と自分語りはこの辺にしといて、あらためて今回のラジオ出演は本当に楽しかった。深夜ラジオを聴き始めた高校生のころから、曲紹介とリスナーはがき紹介は自分のひそかな夢だったので、それもうっかり叶ってしまった。しかもTBSラジオで。何か夢が実現したときに使いがちな「◯◯の頃の自分に教えてあげたい」みたいな構文はなぜか苦手に感じているけど、その構文に当てはまる気分にもなるのだった。